お米問題が不思議に思ったので、お米のことを考える。1杯目「お米の歴史」
お米の年表

1582年 太閤検地
豊臣秀吉が全国の土地調査を実施て、各地の生産量をまとめた。石高(こくだか)はお米の生産量のこと、当時は10アールで150kgのお米が収穫できた。1石=150kgで、当時の成人男性が1年に食べる量とした。
1600年代 新田開発
土木技術が発展して内陸まで水路をひいて、田んぼを増やした。秀吉のころは全国で約150万ヘクタールだった耕地面積が、100年で2倍の約300万ヘクタールに拡大した。
1716年 享保の改革
江戸で飢饉が何度もあったので、幕府が備蓄米制度を推奨する。しかしお米の価格が下がって、幕府が市場介入したりして財政は良くなかった。当時の将軍の徳川吉宗は、「米将軍」と呼ばれた。
1873年 地租改正
農家はお米で税金を納める制度が廃止され、農家も現金で税金を納めるようになる。お米はどんどん安くなっているので、現金のほうが重要になった。
1870年代(後半) お米の輸出
外貨獲得のために、お米(年間約5トン)、お茶、絹などを輸出した。鉄道が発展し国内の運送が楽になった。まだ日本の人口が少なかったので、十分にお米は余っていた。

1889年 大凶作でお米を輸入
長雨のため収量が激減し、約29トンのお米を輸入した。お米の価格が急騰し、一部で米騒動が起きた。
1918年 富山の米騒動(越中女一揆)
第一次世界大戦の景気で人口が増えて、お米の消費量が増えて価格が暴騰、この時にもお米問屋さんの買占めがあった。富山の米騒動が全国に伝播して、結果的に内閣総辞職となった。政府はお米の緊急輸入を実施した。
1933年 米穀統制法
第一次大戦後の恐慌が起きて、お米の価格が暴落した。政府が米穀市場に介入できる法律を作り、お米の価格の安定を図った。政府は米価下落時に買い上げも実施した。
1942~1949年 配給制度と食糧管理法
第二次世界大戦中なので、お米屋さんに行くと配給分のお米が買えた。政府による食料統制が実施されて、農家は政府に売る価格と消費者に売る価格の2種類があった。食料の安定化のために生産費の補填も政府が行っていた。その後、補填が多くなり赤字化したので1994年に食料管理法を廃止している。
1946~1950年 終戦後の農地改革
戦後の闇米問題の対策として、政府が農地を地主から買収し、小作人に農地を売り多くの自作農を作ることで、生産意欲を向上させた。自律的家族農業経営がベースとなり、農村が発展した。

1961~1999年 農業基本法
農家の近代化と所得向上を目的とした法律。野菜や果樹や畜産とセットでお米を生産するように勧め、自立農家に補助金を出して規模の拡大化を図った。食管制度により、お米の過剰生産を助長する結果となり、後の減反政策の原因となる。
1967年 お米の国内自給達成と過剰生産
お米の生産量が年間1400万トンになり、70年ぶりに自給達成した。生産技術の向上、新品種の開発によりお米の生産量が増え続けることになり、お米が余りだす。
1970~2018年 減反政策
食料管理法の赤字とお米余りの状況を考え、お米ではない作物(麦・大豆・野菜など)に転作することで助成金を出すようになる。国が日本各地に作付け削減目標を決めたので、減反政策に反対する農家から批判が多く出た。
1993年 平成の大冷害、平成の米騒動
平成5年の冷夏により、北海道、東北を中心に稲作に壊滅的な被害が出た。お米の収穫量は戦後最低になり、海外から大量にお米を輸入した。タイ米など日本人の口に合わないものが分かり、逆に日本人が好む輸入米の品種を知るきっかけとなった。
1995年 米の直売開始
新食糧法により、お米の流通が自由化がされ、農家が決めた価格で消費者に直接販売できるようになった。各地でブランド米が広まることとなる。
1995年 備蓄米制度
平成の大冷害で国内米の在庫が枯渇したため、生産過剰米を受け入れることで備蓄米を増やしつつ、米価格が下がらないよう安定化を図るとともに災害・不作時の対応策とした。政府が年間約20万トンを買い入れ、全国にある約300か所の民間の倉庫に貯蔵している。

2007年 集落営農設立ラッシュ
農村の過疎化、環境保全問題などが目立つようになった。組織化することで個人の負担を減らし、農業を継続できるメリットから集落営農がブームとなった。さらに集落営農することで政府から補助金が出るようになったことで加速した。
2014年 農地中間管理機構(農地バンク)
日本各地で担い手不足のために農地が余りだした。農地の貸し手と借り手の間をスムーズにやり取りし、農地を集約・を進める公的な仲介機関。公的な書類のやり取りで契約を交わすので、借り手と貸し手の間で問題が起きにくい。農業委員会や農地バンクを介さないで、親戚・知人などから信頼関係のみで農地を借りると闇耕作地とされ、違法なので罰則がある。
2014年 米価急落
米価が1俵(60キロ)8000~9000円。JAの概算金は、関東産コシヒカリが9000円、新潟産コシヒカリが12000円だった。生産過剰なので、政府にお米を買い取るように農家から意見が出た。ミネラルウォーターがブームだったので、比較して水より安いお米というフレーズが流行った。
農水省の研究者は「世界的にも大規模なアメリカの農業ですら、農産物価格の低迷した場合や自然災害が発生した場合には、農家経営の維持のためには、政府支払が必要不可欠であり、アメリカの農業は政府支払に支えられてきていることが分かる」とのべています(農林水産政策研究所「カントリーレポート・米国」13年8月1日)。

2018年 減反政策の廃止(生産数量目標の廃止)
政府が減反政策の廃止を宣言したが、目標量(適正生産量)は変わらずにJAに通達しているため、実質その目標に合わせて各都道府県で生産量を調節することになっている。
2020年 新型コロナウィルスの流行
外出が自粛されたために、昼食・外食で消費されるお米が余ったので、お米の価格が下落した。
2024年 令和の米騒動
猛暑によるお米の減収、生産コストの上昇、供給混乱(米問屋の買いだめと出し渋り)、マスコミの混乱助長、政府の統計把握ミスなど、ありったけの問題が重なって、お米の店頭価格が2倍以上に高騰した。
2025年 備蓄米の緊急放出
お米の価格抑制が理由で備蓄米を放出したのは、今回が初めてだった。
2025年 食料システム法
生産者はコストを明示して、買い手と価格のすり合わせを努力することが義務になった。
2026年 お米余り(民間の在庫が過去最大になる)
2026年5月末時点で、民間在庫の量が223万トン。2014年と並び過去最大の在庫量となった一方で、販売量は過去最低の132万トンと政府が発表した。

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